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日本という国?

昔はアメリカが素晴らしい国のように思い、日本人に生まれたことを少々恥じていたかもしれない。でも、半世紀を経た今日、私は日本人として産まれたことを本当にありがたく思う。なぜか。たとえば、これだ。

東日本大震災の津波で流された金庫5,700個が回収されて、23億円が持ち主のもとに返された。なんで、こういうことが起こるのか欧米的な人間観では説明ができない。配給の長蛇の列に、じっと並ぶひとたち。でも、それは戦後75年かけて日本人が民度を高めた結果ではない。いまから100年前、関東大震災のときも同じだった。

被災者たちを収容する巨大な野営地で暮らした数日間・・・、私は不平の声ひとつ耳にしなかった。唐突な動きや人を傷つける感情の爆発で周りの人を煩わせたり迷惑をかけたりしてはならないのだ。同じ小舟に乗り合わせたように人々は皆じっと静かにしているようだった。(ポール・クローデール 駐日仏大使)

このような性質は歴史や政治を超えた日本人の本質であり、本当に世界に誇れるものだと思う。たぶん、私たちは自分たちがなぜこういう民族なのか、とか。こういう気質なり性質はどのように育まれたのかをよくよく考える必要がある。

西洋人の植民地政策や帝国主義。国際金融資本の哲学はシンプルだ。自分の所得や資産を殖やすのが生の目的であり、それによって犠牲になる人々の命は顧みない。日本人の哲学はこれと趣を異にする。

まず人に支配されず自立してください。自立できなければ、日本人として私たちと同化して欲しい。支援は惜しまない。それが大東亜戦争の哲学であり、朝鮮併合の考え方。日本人は他国を植民地化して搾取したいと思ったことはない。であればこそ、自己と自己の利益が行動原理であるところの、国際金融資本的な哲学をもつ人々が脅威を感じるのだろう。ポール・クローデールはこういった。

Un peuple pour lequel je souhaite qu'il ne soit jamais écrasé, c'est le peuple japonais. Il ne faut pas que disparaisse une antique civilisation si intéressante. Nul peuple ne mérite mieux sa prodigieuse expansion. Ils sont pauvres; mais nobles, quoique si nombreux.(Henri Mondor, « Propos familiers de Paul Valéry », Bernard Grasset, Paris, 1957, p. 221.)

これはどういう意味なのかというと、こういうことだ。

私が、決して粉碎されることのないやうにと希ふ一つの民族がある。それは日本民族だ。あれほど興味ある太古からの文明は消滅してはならない。あの驚くべき發展が日本以上に當然である民族はない。日本人は貧乏だが、しかし高貴だ。人口があれだけ多いのに(Wikipedia

西洋人は大規模な自然災害のあとに大量の金庫がもどってくる日本。貧しくても辛くても、整然と列にならぶ日本人。搾取ではなく開放のために身を犠牲にして戦う日本人。そんな日本人の哲学が奇異にうつり、肌感覚として怖いと思うのではないか。そんなことを思う今日この頃であります。で、こういうことを語る今日の政治政党はほとんどなくて、唯一の例外は参政党なのかなと思い、生まれて初めて政治献金をした(が、それはどうでもいい)。

ぼくらは本源的に自己中心的ではなく、利他的な哲学を先祖代々から受け継いでいる。こういう価値観、生き方、生活様式を世界に広めることができれば。他国を戦争に巻き込んで、みずからの私利私欲を満たそうとする邪な人たちをして、赤面させることができるのだと思う。これが日本の次の戦略だ。Life is beautiful. Japan is beautiful.


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