貧困と学歴と健康という三位一体

最近、アカデミックな方々との出会いがいくつもあって、貧困と学歴と健康が不可分の関係にあることを知ってかなり衝撃をうけた。感覚的にはどんなに貧しくとも賢い子は頑張って、自力で高校・大学へと進学し。ひょっとしたら難しい試験に合格して高級官僚になる。みたいなサクセスストーリー(官僚になることがサクセスかはさておき)があるような気がしないでもないが、大多数はその真逆。

お金がない→朝ご飯食べない→学校にいっても勉強に身が入らない→学力低下→運動しない→体力低下→病気→お金がないから病院に行かない→中卒・高校中退→就職に困る→パートナーに恵まれず母子家庭→子供が自分と同じルートを辿る→生ポ→犯罪→少年院。あれこれ文献を眺めていると、こういう図式が様々な資料から見て取れる。日本の子供の6人に1人が貧困状態だが、子供たちに咎はない。

ぼくが子供の頃は一億総中流といわれていたが、いまはそうではない。一億総中流の時代には、みんながとくに豊かさを実感しなかったが、なんかひたすら頑張れる感じがしていた。だがこれが勝ち組と負け組に分かれるとどうなるのか。仮にある仮想の国家が2人で構成されているとする。ケースAでは2人とも500万円の年収がある。年収の合計は1,000万円だ。仮に生きていくための最小限の費用が400万円だとすると、両者とも100万円の余剰を感じることができる。

ケースBでは格差のある社会で1人が収入を1.5倍にして750万円だとする。その代償としてもう一人を徹底的に搾取して年収100万円にしたとする。だが、そもそも生きるための最小限の費用が400万円なので、1人は350万円の余剰を感じて、もう1人は300万円の欠乏を感じる。もう1人を死なせないためには300万円を富める者から貧しい者に社会保障という観点で再分配しなければならない。すると富める者は結果として50万円しか余剰を感じず、さらに貧しい者は余剰をまったく感じない。二人が500万円ずつ年収があった世界よりも、全体として150万円分貧しくなる。これが問題の核心だ。

あるリスクを削減する(たとえば正社員としての雇用)ことによって、削減した分以上の富が生まれなければ、系全体としてはマイナスを生んでアン・サステイナブルな社会へとつき進む。いまぼくらが生きているのはきわめてアン・サステイナブルな社会であって、この状態が続くと勝ち組の富が、負け組の社会保障で食いつぶされてどんなに頑張っても勝ち組ですらじり貧から抜けられない。この溝がさらに深まると、最後は暴動とかクーデターが起こるか、さもなければ勝って勝って勝ち続けても豊かになれない社会が到来する。

ぼくがいま関心をもっているのはこういう社会問題で、IPOして金を稼ごうぜとか、ほげほげブームに乗って一攫千金を目指そうぜとか。IOTとかICTとかビッグデータとか車の自動運転とか、そういうテーマは凡庸すぎてまったく関心がわかない。そもそもいま以上に自分が富んでも、ぼくの幸せは増加しない。そんなことよりも「トヨタの期間工はなぜ秋葉で無差別殺人をしたのか」とか、そういう貧困の原点を見つめ直すことが重要だ。と、そんなことをあれこれ考えている今日この頃であります。


| | コメント (0)

子供の貧困

最近の日本は貧しい。舛添要一知事とか、地方の議員の政務活動費不正受給とか。やっていることのレベルがあまりにセコくて、そんなのバレるに決まっているだろうと思うことを、都知事とか市議会議員とかがやっている。いつから日本はこんなに志の低い国になったのだろう。田中角栄とかは、新潟に新幹線を通す意味も意義も誰も分からないのに、故郷に錦を飾るためだけに新幹線を通すみたいな、そんな仕事をやっていた。最近の政治家は発想が貧困だと思う。己のために仕事をしているのか、人のために仕事をしているのかすら分からない。公職にある者は原則として人のために働くべきだろう。

最近の日本は貧しい。子供の貧困について意識している人は少ない。「日本ではひとり親の相対的貧困率が高く、無職では60%で(OECD)30か国中ワースト12位と中位であり、有業のひとり親の相対的貧困率については58%で諸外国中ワースト1位だった」(Wikipeda)。とにかく日本の子供は貧困に苦しんでいて、その割合は普通の人が考えるレベルをはるかに超えている。夏休みになると必要十分な食事が与えられず痩せほそる児童がいるとか、そんな話ばかり。個人的には許容レベルを完全に超えている。今日、二重国籍問題であれこれ問題をかかえる蓮舫さんが安倍首相の所信表明演説に対して、「子供の貧困」についてまったく言及されていないと批判したが、まったく同感だ。いまここで困っている人がいる。その人たちを救うべきだろう。国籍関連の事務手続きを云々する人たちは、どうかしていると思う。

健康格差」という言葉がある。大雑把にいうと、お金持ちは健康な生活を送るいっぽうで、お金持ちでない人たちがどんどん不健康になるという話。不健康な生活を送ると当然のことながら早死にする。それでよいのか。貧しいひとたちが不健康で早死にするという事実が社会正義にかなっているのか、とか。ぼくの視点からはそんなことはあり得なくて、豊かなものも貧しいものも、生命という観点からは平等でなければならないが実際にはそうはなっていない。そういう社会を是正したい。子供の6人にひとりが貧困に直面していて、貧困家庭の子供がメタボになる割合はそうでない家庭の子供の3倍。そういうものを是正できないのか、とか。そんなことを思う今日この頃であります。

| | コメント (0)

イモトさんのアイガー

またヘリで下山するということで、かなり萎えたが番組を通しで見ていて感動を感じたので、これはこれでありなのかなと思う。登山という観点で見ると自分の足で下山しないと意味がないし記録としても認められないけれど、彼女は登山家ではなくタレントなので、はじめから登山にチャレンジしているのではない。記録なんてどうでもよい。これはショービズで、草刈正雄の真田丸に勝ったという美談。

このチームは日本最強で、あの竹内洋岳さんが信頼する中島健郎さんがカメラで加わったりとか、もうフルメンバーで取り組んでいる。天国じじいの歯磨きとか。もう羨ましさしか感じない。山がそんなに好きじゃない女子を安全に山頂につれていこうという最高度に安全なプロジェクトで、これはこれでいいと思う。「私をアイガーにつれてって」と普通のひとが思っても、誰もサポートしてくれない。羨ましさと、よく頑張った感とが交錯する番組だった。これはこれでBeautiful。

| | コメント (0)

«iPhone7と散歩